【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が科学観測で取得した高解像度赤外線画像の数々(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, and the Webb ERO Production Team)】
【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が科学観測で取得した高解像度赤外線画像の数々(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, and the Webb ERO Production Team)】

日本時間2022年7月12日、アメリカ航空宇宙局(NASA)・欧州宇宙機関(ESA)・カナダ宇宙庁(CSA)の新型宇宙望遠鏡「ジェイムズ・ウェッブ」の科学観測で取得された高解像度画像や観測データが、初めて公開されました。

12日朝に公開された銀河団「SMACS 0723-73」の画像はsoraeでもすでに紹介しましたが、12日夜にはさらに4つの天体の画像とデータが公開されています。多くの研究者や宇宙ファンから待ち望まれてきたウェッブ宇宙望遠鏡の最初の成果を早速見ていくことにしましょう。

【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した銀河団「SMACS 0723-73」(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI)】
【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した銀河団「SMACS 0723-73」(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI)】

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■イータカリーナ星雲の星形成領域「NGC 3324」

【▲ イータカリーナ星雲の星形成領域「NGC 3324」(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI)】
【▲ イータカリーナ星雲の星形成領域「NGC 3324」(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI)】

こちらは、星形成領域「NGC 3324」の一部を捉えた画像です。ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ「NIRCam」を使って取得されました。画像の幅は約16光年に相当します。ウェッブ宇宙望遠鏡は人間には見えない赤外線で観測を行うため、この画像はフィルターを介して取得された複数の赤外線画像(単色)それぞれに、擬似的に色を割り当てて合成することで作成されています(以降の画像も同様です)。

NGC 3324は「りゅうこつ座」の方向約7600光年先にある散光星雲「イータカリーナ星雲」にあります。ウェッブ宇宙望遠鏡や「ハッブル」宇宙望遠鏡を運用する宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、“宇宙の断崖(Cosmic Cliffs)”とも呼ばれているこの領域は、NGC 3324に生じた巨大な泡状の空洞の端にあたります。

STScIによれば、この空洞は泡の中心(画像の上方向)にある幾つもの若い大質量星が放射する紫外線や恒星風によって、ガスと塵でできた分子雲が侵食されることで形成されました。壮大な断崖から立ち昇る湯気や煙のように見えるものは、強力な紫外線の作用で流出していく高温のイオン化ガスや塵とされています。また、ウェッブ宇宙望遠鏡はNGC 3324で誕生したばかりの星や、これらの星から吹き出すガスのジェットやアウトフロー(画像では金色に見える)も捉えているといいます。

塵には可視光線を吸収・散乱しやすい性質がありますが、ウェッブ宇宙望遠鏡は塵に邪魔されにくい赤外線で観測を行うため、分子雲をのぞき込んで誕生したばかりの若い星を観測することができます。星形成の最初期は(宇宙の歴史からすれば)短期間しか続かないため、この段階にあたる天体を捉えるのは難しいといいますが、ウェッブ宇宙望遠鏡の高い感度と空間分解能によって成し遂げられたとのことです。

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■惑星状星雲「NGC 3132」

【▲ 惑星状星雲「NGC 3132」。左は近赤外線カメラ「NIRCam」、右は中間赤外線装置「MIRI」を使って取得(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI )】
【▲ 惑星状星雲「NGC 3132」。左は近赤外線カメラ「NIRCam」、右は中間赤外線装置「MIRI」を使って取得(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI )】

こちらは、「ほ座」の方向約2000光年先にある惑星状星雲「NGC 3132」です。NGC 3132はその姿から、「南のリング星雲(Southern Ring Nebula)」「8の字星雲(Eight-Burst Nebula)」とも呼ばれています。画像は左が近赤外線カメラ「NIRCam」、右が中間赤外線装置「MIRI」を使って取得されたもので、異なる波長の赤外線で捉えたNGC 3132の姿を比較することができます。画像の幅はそれぞれ約1.4光年に相当します。

惑星状星雲とは、超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星(質量は太陽の8倍以下)が進化する過程で形成されると考えられている天体です。太陽のような恒星が主系列星から赤色巨星に進化すると、外層から周囲へとガスや塵が放出されるようになります。やがてガスを失った星が赤色巨星から白色矮星へと移り変わる段階になると、放出されたガスが星から放射された紫外線によって電離して光を放ち、星雲として観測されるようになります。

STScIによると、星雲の中央にはガスを放出した恒星が進化した白色矮星と、まだ放出していない恒星が近接して周回する連星が存在しています。NIRCamで取得された左の画像では恒星の明るい輝きがよく目立っていますが、MIRIで取得された右の画像では青く見える恒星の隣に赤く見える星が写っています。この赤く見える星が白色矮星だとされています。星に照らされた塵を捉えることができるMIRIを使った観測によって、NGC 3132の白色矮星が塵に囲まれていることが今回初めて明らかになったといいます。

■「ステファンの五つ子」

【▲ ステファンの五つ子。5つの銀河のうち左側の1つを除いた4つの銀河は実際に接近していて、コンパクト銀河群をなしている(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI )】
【▲ ステファンの五つ子。5つの銀河のうち左側の1つを除いた4つの銀河は実際に接近していて、コンパクト銀河群をなしている(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI )】

こちらは、「ペガスス座」の方向にある「ステファンの五つ子(Stephan's Quintet)」と呼ばれる5つの銀河です。ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ「NIRCam」と中間赤外線装置「MIRI」を使って取得された、約1000点の画像をもとに作成されています。画像の幅は約62万光年に相当します。

5つの銀河はすべて接近しているように見えますが、実際に接近しているのはこのうちの4つです。中央左の「NGC 7320」は地球から比較的近い約4000万光年先にありますが、残る4つの銀河……上から「NGC 7319」「NGC 7318B」「NGC 7318A」「NGC 7317」は地球から約2億9000万光年離れていて、1つのコンパクト銀河群「ヒクソン・コンパクト銀河群92(HCG92)」をなしています。

STScIによると、ウェッブ宇宙望遠鏡によってステファンの五つ子をこれまでになく詳細に観測することができたといいます。画像には、接近する銀河どうしの重力相互作用によって形成された尾や、スターバースト(大質量の恒星が短期間に数多く誕生する現象)が起きている星形成領域、何百万もの若い星が輝く星団などが含まれています。ウェッブ宇宙望遠鏡は銀河のひとつであるNGC 7318Bが星団を破壊した際の衝撃波も捉えたとされています。

また、画像で一番上に写っている銀河NGC 7319は活動銀河核(狭い領域から強い電磁波を放射する銀河中心核)を持ち、そこには質量が太陽の2400万倍と推定される超大質量ブラックホールが存在すると考えられています。ウェッブ宇宙望遠鏡の運用チームは、MIRIに組み込まれている分光計を使って塵に覆われた活動銀河核を観測。ブラックホールの活動によってイオン化した高温ガスの速度を、今まで詳細に研究されたことのない波長を使って測定することができたといいます。

【▲ MIRIの分光計を使って取得されたアルゴンイオン(下左)・ネオンイオン(下中央)・水素分子(下右)の速度。青は地球へ向かう方向、オレンジは地球から遠ざかる方向の速度を示す(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI )】
【▲ MIRIの分光計を使って取得されたアルゴンイオン(下左)・ネオンイオン(下中央)・水素分子(下右)の速度。青は地球へ向かう方向、オレンジは地球から遠ざかる方向の速度を示す(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI )】

銀河どうしの重力相互作用や合体は、銀河の進化における重要な要素だと考えられています。STScIによれば、初期の宇宙ではこのように近接した銀河の集団が一般的だった可能性があり、銀河に落下した熱いガスなどの物質がクエーサー(特に明るいタイプの活動銀河核)に“燃料”を供給したことも考えられるといいます。相互作用銀河はどうやって星形成活動を誘発するのか、相互作用銀河のガスはどのように乱されるのかといった、あらゆる銀河の基本となるプロセスを研究する上で、ステファンの五つ子は素晴らしい「天然の実験室」なのだといいます。

■太陽系外惑星「WASP-96b」のスペクトル

【▲ 太陽系外惑星WASP-96bの大気に吸収された光の量を波長ごとに示した図(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI)】
【▲ 太陽系外惑星WASP-96bの大気に吸収された光の量を波長ごとに示した図(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI)】

最後は2014年に発見が報告された太陽系外惑星「WASP-96b」です。WASP-96bは「ほうおう座」の方向約1150光年先にある太陽に似た恒星「WASP-96」を約3.4日周期で公転しています。親星の近くを公転しているWASP-96bの表面温度は摂氏500度以上という高温で、質量は木星の約半分であるにもかかわらず、直径は木星の約1.2倍まで膨張していると推定されています。

WASP-96bに関しては画像ではなく、大気の化学組成を調べるために取得されたスペクトル(電磁波の波長ごとの強さ)のデータが公開されています。スペクトルはウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線撮像・スリットレス分光器「NIRISS」を使って取得されました。

画像に示されているグラフは、WASP-96bの大気を通過してきたWASP-96のスペクトル(透過スペクトル)と、WASP-96そのもののスペクトルを比較して、どの波長の電磁波がWASP-96bの大気によってどれくらい吸収されたのかを示したものです。波長は0.6μmの赤色光から2.8μmの近赤外線までカバーされています。エラーバーが付いた141個の白い点はWASP-96bの大気に吸収された光の量を示し、青い線はデータに最も適合するモデルを示しています。

STScIによると、データの完全な分析結果はまだ出ていませんが、スペクトルからは水蒸気の存在が読み取れるといいます。また、水分子による吸収を示す山の高さや、左側(短い波長)にみられる勾配をもとに、雲やヘイズ(もや)が存在する可能性も示唆されるようです。

【▲ 系外惑星WASP-96bが恒星WASP-96の手前を横切る「トランジット」の様子を示した図と、ウェッブ宇宙望遠鏡によって取得されたWASP-96の光度曲線(時間の経過にあわせて変化する天体の光度を示した曲線)(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI)】
【▲ 系外惑星WASP-96bが恒星WASP-96の手前を横切る「トランジット」の様子を示した図と、ウェッブ宇宙望遠鏡によって取得されたWASP-96の光度曲線(時間の経過にあわせて変化する天体の光度を示した曲線)(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI)】

NIRISSによるWASP-96bの透過スペクトルの取得は、2022年6月21日に実施されました。ウェッブ宇宙望遠鏡はWASP-96bがWASP-96の手前を横切る「トランジット」が始まる約2時間半前に観測を開始し、トランジットが終わってから約1時間半後までの6時間23分に渡るWASP-96の明るさの変化を観測しています。

STScIによれば、WASP-96bのトランジットによって、WASP-96の明るさは最大で約1.5パーセント未満暗くなりました。NIRISSによる今回の観測では、わずか0.02パーセントの明るさの差も測定できたといいます。今回の観測によって得られた赤外透過スペクトルは、系外惑星で取得されたものとしては最も詳細なものであり、特に1.6μmよりも長い波長は従来の望遠鏡では取得することができなかったとされています。

【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の想像図(Credit: NASA GSFC/CIL/Adriana Manrique Gutierrez)】
【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の想像図(Credit: NASA GSFC/CIL/Adriana Manrique Gutierrez)】

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による科学観測はまだ始まったばかりですが、今回の発表でも明らかにされた新発見や、過去に例を見ない観測データがすでに得られています。さまざまな宇宙の謎を解き明かすことが期待されているウェッブ宇宙望遠鏡によってどんな発見がもたらされるのか、今から楽しみです!

 

Source

  • Image Credit: NASA, ESA, CSA, STScI
  • NASA - First Images from the James Webb Space Telescope
  • STScI - Webb's First Images Gallery
  • ESA/Webb - Webb's First Images

文/松村武宏

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