火星の地下深くにあるかもしれない「液体の水」に関する最新の研究成果が発表される
【▲ 火星探査機「マーズ・エクスプレス」が撮影した火星の南極冠(Credit: ESA/DLR/FU Berlin / Bill Dunford)】
火星探査機「マーズ・エクスプレス」が撮影した火星の南極冠(Credit: ESA/DLR/FU Berlin / Bill Dunford)
【▲ 火星探査機「マーズ・エクスプレス」が撮影した火星の南極冠(Credit: ESA/DLR/FU Berlin / Bill Dunford)】

今から4年前の2018年、イタリア国立天体物理学研究所のRoberto Oroseiさんを筆頭とする研究グループは、欧州宇宙機関(ESA)の火星探査機「マーズ・エクスプレス」に搭載されている地下探査レーダー高度計「MARSIS」による観測データをもとに、火星の南極域に広がる氷床の下、表面から深さ1.5km付近に氷底湖が存在するとした研究成果を発表しました。

同グループは、この氷底湖が複数の小さな氷底湖に囲まれているとした新たな研究成果を2020年に発表。地球では水のあるところには生命が存在することから、表面下の深い場所とはいえ本当に液体の水があるとすれば、火星の生命が生息している可能性もあるとして注目を集めました。

関連:火星の氷の下に複数の湖が存在していた! 探査機のレーダー観測で判明

いっぽう、2021年には液体の水の存在に異議を唱える研究成果も相次いで発表されています。たとえばヨーク大学のIsaac Smithさんたちは、粘度鉱物の一種であるスメクタイトのサンプルを摂氏マイナス50度まで冷却して実験を行い、マーズ・エクスプレスのMARSISが捉えたのと同様の反射信号が得られると発表しました。スメクタイトは水の存在下で形成されますが、現在ではなく過去に水が存在したことを意味するものであり、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター(MRO)」の観測データは火星の南極冠付近にスメクタイトが散在していることを示しているといいます。

火星・南極域の表面下に液体の水は存在するのか、それとも存在しないのか。研究者の間でも意見が分かれる「火星に今も存在する液体の水」を巡る研究成果が、2022年に入って新たに2つ発表されています。

■やはり氷床の下には液体の水が存在する?

1つはローマ・トレ大学教授のElisabetta Matteiさんを筆頭にOroseiさんも参加した研究グループ、すなわち液体の水の存在を肯定する立場のグループによる研究成果です。

Matteiさんたちはイタリア各地で様々な時代(今から2億年前以降)に形成された粘土質の堆積物6つからサンプルを採取し、幅広い温度と電波の条件下で(摂氏マイナス73度~プラス24度、周波数1MHz~1GHz)どのような信号が得られるのかを実験で確かめました。その結果、火星の粘土鉱物に似ているというこれらのサンプルは、マーズ・エクスプレスのMARSISに対して強い反射信号を生成することはできないと研究グループは結論付けました。これは、信号がスメクタイトでも説明できるとしたSmithさんたちへの反論となります。

MARSISが強い反射信号を捉えた場所を示した地図(左)と、予想される水の状態を示した図(右)。氷(水色)や堆積物(灰色)の粒子の隙間に塩水(青色)が入り込んでいる可能性があるという(Credit: NASA/JPL-Caltech/USGS/SwRI)
【▲ MARSISが強い反射信号を捉えた場所を示した地図(左)と、予想される水の状態を示した図(右)。氷(水色)や堆積物(灰色)の粒子の隙間に塩水(青色)が入り込んでいる可能性があるという(Credit: NASA/JPL-Caltech/USGS/SwRI)】

また、今回の研究にはサウスウエスト研究所(SwRI、アメリカ)のDavid Stillmanさんが参加し、氷床下における水の状態を分析しました。氷床下の水は塩分濃度が高い塩水であるために火星・南極域の低い温度でも凍らないものと考えられていましたが、研究グループによると、従来の想定より塩分濃度が低い塩水でも摂氏マイナス70度以下で凍らない可能性が今回示されたといいます。

様々な状態で天体に存在する水のスペシャリストだとサウスウエスト研究所から紹介されているStillmanさんは、塩水が氷や堆積物の隙間に入り込む形で存在している可能性を指摘。既知の生命が繁栄するには温度が低すぎると言及しつつも「それでもなお興味深いのです、地球外生命体が辿った進化の道筋を誰が知っているというのですか?」とコメントしています。

■反射信号は氷に埋もれた火山岩に由来する可能性も

もう1つはテキサス大学地球物理学研究所の惑星科学者Cyril Grimaさんを筆頭とする研究グループによる成果です。

Grimaさんたちは火星の表面が仮想の氷床(厚さ1.4km)に覆われていると仮定し、レーダー観測を実施するとどのような信号が得られるのかをコンピューターモデルを用いて分析しました。表面の地質学的性質がすでに判明している地域を仮想の氷床下に置くことで、厚い氷を通して観測した場合どのように見えるのかを調べたわけです。

その結果、仮想の氷床に覆われた火星のあちこちから、南極域と同様に強い反射信号が得られたといいます。研究グループによると、信号が得られた場所の多くは火山活動によって形成された平原の場所と一致していました。つまり、液体の水を含んだ堆積物や湖がなくても、火山性の平原があればMARSISの観測結果を説明できる可能性が示されたことになります。

「仮想の氷床に覆われた火星」のレーダーマップ。赤い部分は強い反射信号が生成された場所を示している(Credit: Cyril Grima)
【▲ 「仮想の氷床に覆われた火星」のレーダーマップ。赤い部分は強い反射信号が生成された場所を示している(Credit: Cyril Grima)】

テキサス大学オースティン校の卒業生である前述のSmithさんは「南極域の氷床下に今も液体の水が存在するという仮説を否定する一方、古代の湖や川の跡を探し、何十億年もの時間をかけて乾燥していった火星の気候に関する仮説を検証するための本当に正確な場所を示すという点で、この発見は美しい」とコメントしています。

Oroseiさんたちによる最初の発表から今年で5年。このように、火星・南極域の表面下に液体の水が存在するか否かは今も結論が出ていません。真実を知るためには実際に氷床を掘削するしかないのかもしれませんが、今後の研究成果にも注目していきたいと思います。

 

関連:火星では約20億年前まで氷床・凍土から溶け出た水が流れていた可能性

Source

  • Image Credit: ESA/DLR/FU Berlin / Bill Dunford
  • Media INAF - Riflessioni marziane
  • SwRI - SwRI SCIENTIST HELPS CONFIRM LIQUID WATER BENEATH MARTIAN SOUTH POLAR CAP
  • UT Austin - Hope for Present-Day Martian Groundwater Dries Up
  • NASA/JPL - Clays, Not Water, Are Likely Source of Mars ‘Lakes’

文/松村武宏