テキサス大学オースティン校のTim Goudgeさんたち研究グループは、古代の火星ではクレーターにできた湖の氾濫が深い谷を形成し、火星の地形を形作る上で重要な役割を果たしていたとする研究成果を発表しました。
火星の過去の気候が温暖だったか、あるいは寒冷だったかは議論が続いていて、これまでの研究では火星の谷が地下水や表面を覆う氷床の下を流れる水の流れによって形成された可能性も指摘されています。Goudgeさんたちは、過去の火星表面では幾つものクレーターが水で満たされ、度々氾濫するほどには液体の水が安定して存在できたと考えています。
■数週間で形成された深い谷が他の多くの谷の形成にも影響を与えた可能性
数十億年前の火星表面には、クレーターの内部が水で満たされることでできた湖が数多く存在していたとみられています。アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査車「Perseverance(パーセベランス、パーサヴィアランス)」や「Curiosity(キュリオシティ)」が探査活動を行っているジェゼロ・クレーターやゲール・クレーターも、かつては水を湛えていたと考えられています。
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Goudgeさんによると、かつて湖があったとされるクレーターのうち200個以上には、湖の氾濫にともなう洪水が刻んだと思われる谷(長さ数十~数百km、幅数km)が周辺に残されているといいます。火星の24個のクレーター周辺にある谷を調べたGoudgeさん主導の過去の研究(2019年発表)では、クレーター内部の湖が氾濫したことで、わずか数週間程度という短期間で急速に谷が形成された可能性が示されています。古代の火星における湖の氾濫と洪水による谷の形成は、地質学的には一瞬の出来事だったのかもしれません。
Goudgeさんたちは今回、クレーターの湖の氾濫(火星全体で262か所)が地形の形成にどのように関わったのかを知るために、火星の河谷(かこく、川の流れによって侵食されてできた谷)を2つに分類しました。1つは一端がクレーターから始まる谷で、洪水によって急速に形成されたと考えられるもの。もう1つはそれ以外の場所にある谷で、ゆっくりと時間をかけて形成されたと考えられるものです。
研究グループが2種類の谷の深さ・長さ・容積を比較した結果、湖が氾濫したクレーターから始まる谷の長さの合計は火星の河谷全体の3パーセントに過ぎないにもかかわらず、この種類の谷の容積の合計は全体の4分の1にあたる24パーセントを占めることが明らかになったといいます。研究グループによると、谷の深さの中央値はクレーターから始まる谷が170.5mであるのに対し、それ以外の谷は77.5mとされています。研究に参加したアメリカの惑星科学研究所(PSI)のAlexander Morganさんは「洪水が刻んだ谷は、他の谷よりもかなり深いようです」と語ります。
研究グループは、初期の火星ではクレーター内部の湖の氾濫にともなう洪水が谷を切り開く主な地形学的プロセスだったと結論付けており、洪水によって深く刻まれた谷がその周辺における谷の形成にも影響を与えるなど、地形変化に永続的な効果をもたらした可能性を指摘しています。
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Image Credit: ESA/DLR/FU Berlin
Source: テキサス大学オースティン校 / アメリカ惑星科学研究所
文/松村武宏