特徴的な形の小惑星「クレオパトラ」をこれまでになく鮮明に観測することに成功
2017年から2019年にかけて撮影された小惑星クレオパトラ(日付は日/月/年の順)。観測にはヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡が使用された(Credit: ESO/Vernazza, Marchis et al./MISTRAL algorithm (ONERA/CNRS))
【▲ 2017年から2019年にかけて撮影された小惑星クレオパトラ(日付は日/月/年の順)。観測にはヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡が使用された(Credit: ESO/Vernazza, Marchis et al./MISTRAL algorithm (ONERA/CNRS))】

こちらは2017年から2019年にかけて観測された小惑星「クレオパトラ」((216) Kleopatra)の姿です。1880年に発見されたクレオパトラは、火星と木星の間に広がる小惑星帯にある小惑星の一つです。約20年前にアレシボ天文台の電波望遠鏡(2020年運用終了)を使って実施されたレーダー観測によって、クレオパトラは犬用の骨(ドッグボーン)ダンベルにたとえられる特徴的な形をしていることが知られていました。

■補償光学(AO)を利用してクレオパトラを鮮明に観測

ヨーロッパ南天天文台(ESO)は現地時間9月9日、クレオパトラに関する最新の研究成果をプレスリリースで紹介しました。冒頭の画像は、SETI研究所/マルセイユ天体物理学研究所のFranck Marchis氏が主導した研究グループによって、ESOのパラナル天文台(チリ)にある「超大型望遠鏡(VLT:Very Large Telescope)」の観測装置「SPHERE」を使って撮影されたものです。

ESOの発表によると、自転するクレオパトラを様々な角度から撮影したMarchis氏らは、その形状や予想される体積を制限。クレオパトラの片側が反対側よりも大きいことを発見したことに加えて、クレオパトラの長さが約270kmであると判断しました。次の画像ではクレオパトラとイタリア半島北部のサイズが比較されています。270kmというと東京都新宿区から岐阜県岐阜市までの直線距離に相当する長さです。

小惑星クレオパトラ(上)とイタリア半島北部(下)のサイズ比較図(Credit: ESO/M. Kornmesser/Marchis et al.)
【▲ 小惑星クレオパトラ(上)とイタリア半島北部(下)のサイズ比較図(Credit: ESO/M. Kornmesser/Marchis et al.)】

クレオパトラは比較的大きな小惑星ですが、ESOによると、地球からの見かけの大きさは40km先に置かれたゴルフボール程度なのだといいます。これほど小さく見えるクレオパトラを鮮明に捉えた今回の観測では、地球の大気によるゆらぎの影響を打ち消す技術「補償光学(AO:Adaptive Optics)」が活躍しました。

補償光学では、明るい天体などを目安に大気のゆらぎを測定し、望遠鏡に組み込まれている鏡の形状をリアルタイムに変形させることで、観測中の天体を鮮明に捉えられるようにします。地球の上層大気にあるナトリウム層に向けてレーザー光を照射し、ナトリウム原子が光ることで作り出された「レーザーガイド星」と呼ばれる人工の「星」を目安に利用することもあります。

こちらはVLTを使って撮影された海王星の画像で、左が補償光学あり、右が補償光学なしの場合です。補償光学を利用することで、地上の天体望遠鏡でも宇宙望遠鏡に匹敵する解像度で天体を観測できるようになります。

補償光学の効果を示した海王星の比較画像。左は補償光学あり、右は補償光学なし。左右とも超大型望遠鏡(VLT)にて撮影(Credit: ESO/P. Weilbacher (AIP))
【▲ 補償光学の効果を示した海王星の比較画像。左は補償光学あり、右は補償光学なし。左右とも超大型望遠鏡(VLT)にて撮影(Credit: ESO/P. Weilbacher (AIP))】

■クレオパトラの質量は従来の推定値の約3分の2だった

いっぽう、カレル大学のMiroslav Brož氏が主導した研究グループは、SPHEREの観測データを使ってクレオパトラを周回する2つの衛星「アレクスヘリオス」(AlexHelios)と「クレオセレネ」(CleoSelene)の軌道を分析しました。アレクスヘリオスとクレオセレネは、2008年に前述のMarchis氏が当時の研究グループとともに発見した衛星です。Brož氏らによると、2つの衛星の軌道は過去の研究で推測されたものとは異なっていたといいます。

新たな観測データとシミュレーションモデルをもとに、Brož氏らはクレオパトラの重力が衛星に及ぼす影響をより正確に分析し、2つの衛星の複雑な軌道を割り出すことに成功。この結果をもとにクレオパトラの質量を計算したところ、従来の推定よりも35パーセント小さいことが判明したといいます。

超大型望遠鏡の観測装置SPHEREのデータを処理して得られた小惑星クレオパトラと2つの衛星の画像(Credit: ESO/Vernazza, Marchis et al./MISTRAL algorithm (ONERA/CNRS))
【▲ 超大型望遠鏡の観測装置SPHEREのデータを処理して得られた小惑星クレオパトラと2つの衛星の画像(Credit: ESO/Vernazza, Marchis et al./MISTRAL algorithm (ONERA/CNRS))】

今回導き出された体積と質量の推定値をもとに、Marchis氏とBrož氏らがクレオパトラの平均密度を求めたところ、1立方cmあたり3.4gと算出されました。これは従来の推定値である1立方cmあたり4.5gよりも低い値です。クレオパトラは金属が豊富なM型小惑星と考えられていますが、今回算出された平均密度は鉄の密度(1立方cmあたり7.874g)の半分未満であり、発表によると瓦礫が集積してできたラブルパイル天体の可能性が示唆されるといいます。

また、Marchis氏らは2つの衛星がクレオパトラ自身の破片からできたと考えていますが、約5.4時間という短い周期で自転するクレオパトラがラブルパイル天体だとすれば、小さな衝突が起きただけでも表面から破片が放出され、やがて破片から衛星が形成される可能性があるといいます。

Marchis氏は、ESOがチリのセロ・アルマゾネスで建設中の「欧州超大型望遠鏡(ELT:Extremely Large Telescope)」に触れ、「他の衛星があるかどうかを確かめ、衛星の軌道のわずかな変化を検出するために、ELTでクレオパトラを観測する日が待ちきれません」とコメントしています。

 

関連:太陽を周回する1000個以上もの天体の軌道 その正体は「潜在的に危険な小惑星」

Image Credit: ESO/Vernazza, Marchis et al./MISTRAL algorithm (ONERA/CNRS)
Source: ESO
文/松村武宏