コロラド州立大学の研究者たちは、10年近くにわたって収集された衛星データを用いて、宇宙から「乳白色の海」(Milky Sea)を捉えることに成功しました。これは、衛星搭載用の高感度低照度センサーによって検出された、まれで魅力的な海洋生物発光現象です。
乳白色の海は、地球上の海で見られる生物発光の中でも特に珍しいもので、地球上で知られている最大級の規模です。船の航跡から発生する乱流の泡とは異なり、乳白色の海は、数夜に渡って海面に長く、広く、均一な光を放ち、その範囲は10万平方キロメートルを超え、ケンタッキー州の大きさに匹敵します。
船乗りが、このような現象を経験するのは、「アフリカの角」(ソマリア付近)の沖合にあるインド洋北西部やインドネシア近海など、世界の一部に限られています。乳白色の海がいつ、どこで、どのようにして形成されるのかは、いまだ謎のままです。
2021年7月29日付けで「Scientific Reports」誌に掲載された論文の筆頭著者であるSteve Miller氏は、雪原や雲のベッドのように明るく輝くという伝説的な「乳白色の海」の超現実的な描写は、歴史の中で船乗りの間で共有されてきたと述べています。これらの話は、『白鯨』や『海底二万里』などの海洋冒険小説にも登場し、民間伝承としての地位を確立してきましたが、科学的な観察としてはあまり役立ちませんでした。
19世紀から200件以上の目撃情報がある中で、1985年に一度だけ調査船が乳白色の海を航行したことがあります。当時採取した水のサンプルによると、水面の藻類に付着した発光バクテリアが光を発していると考えられました。しかし、乳白色の海の特徴のいくつかは、特に目撃者の証言と照合すると、この仮説では十分に説明することができません。
研究者たちは現在、宇宙からの新しい観測に支えられて、この魅力的な現象について理解できる立場にあります。「Suomi NPP」衛星(アメリカ海洋大気庁が運用する気象衛星)と「NOAA-20」衛星は、世界の海のはるか上空から、「Day/Night Band」と呼ばれる高性能のセンサーを使って画像を収集しています。このセンサーは、夜間の微弱な可視光線を検出し、暗闇の中から街の灯りや山火事の炎などを映し出します。そして今では乳白色の海を見ることができるようになりました。
コロラド州立大学のCIRA(Cooperative Institute for Research in the Atmosphere:共同大気研究所)では、Day/Night Bandの観測データを含む衛星データを常に分析しています。この観測装置を使ったCIRAの研究では、COVID-19(新型コロナウィルス)パンデミックが人間の活動にどのような影響を与えたかを示すために、街の灯りの変化を対象としてきました。また、この観測装置を使って、地球の大気中に夜光が発生するという新しい現象も発見しました。
乳白色の海が作り出す光を捉えるには、忍耐と適切な条件が必要です。海面で反射するかすかな月光でさえ、信号を隠すことがあります。また、上層大気の輝きによって放出された光は、同様に観測に影響を与える可能性があります。研究者は、衛星データの信号を注意深く分析して他の発光源を除外するなど、高度な技術を駆使して、生物発光現象を捉えました。
夜の海に光るパッチのように現れる水域は、海流とともに移動します。海からのかすかな輝きと比較して、太陽からの圧倒的な光量のために、日中は視界から消えてしまいます。しかし夜になると、再び衛星から見えるようになります。
研究者たちは、海面温度や海洋バイオマス、海流の解析結果と衛星観測を組み合わせることで、乳白色の海が形成される特異な条件について、新たな仮説を立てています。
「乳白色の海は、わたしたちの生物圏の驚くべき現れであり、自然界でのその意義はまだ理解されていません」とMiller氏は述べています。「その存在自体が、地表から天空へ、ミクロから地球規模へ、そして18世紀の商船から現代の宇宙船まで、時代を超えた人間の経験と技術を結びつける、魅力的な物語を紡いでいます。Day/Night Bandは、科学的発見への新たな道を照らし出したのです」
Image Credit: Taha Ghouchkanlu、Colorado State University
Source: Colorado State University / 論文、Phys.org、APOD
文/吉田哲郎