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【▲「人類の文明活動による窒素酸化物(大気汚染物質)の排出」のイメージ(Credit: Shutterstock)】

海洋研究開発機構(JAMSTEC)/ジェット推進研究所(NASA/JPL)の宮崎和幸氏らの国際研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を受けて世界各地で実施されたロックダウンによって、大気汚染物質として知られる窒素酸化物(NOx)の排出量が世界全体で減少し、その結果として地上から高度約10~15kmまでの対流圏におけるオゾン(O3)総量も減少したとする研究成果を発表しました。

オゾンといえば太陽から届く紫外線の大部分を吸収する成層圏のオゾン層が知られていますが、成層圏の下にある対流圏のオゾン温室効果ガスとしてふるまうだけでなく、生命にとって有害な物質でもあります。JPLによると、オゾンによって幼児や喘息のある人など脆弱な人々の肺が損傷することで2019年には世界で36万5000人が亡くなったと推定されており、オゾンが植物の光合成能力を低下させることで農作物の収穫量が減少しているとも推定されています。

発表によると、人類が大気中に排出した窒素酸化物が太陽光と反応するとオゾンが生成されるものの、オゾンの生成には天候や他の化学物質などの要因も絡み合うため、条件によっては窒素酸化物が減ってもオゾンが増えることもあるといいます。窒素酸化物排出量のデータだけでオゾンの濃度を理解・予測するのは困難であり、そのためにはより詳細な分析が必要になるといいます。

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研究グループは今回、アメリカ航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)の地球観測衛星によって得られた地球の大気組成に関するデータを解析して、世界の各地点における2020年の窒素酸化物排出量の推移を2010年~2019年の10年間と比較しました。2020年の世界は新型コロナウイルス感染症の流行による影響を強く受け、各地で感染拡大を防ぐためのロックダウンが実施されており、研究グループはロックダウンが大気汚染物質の排出や大気汚染、地球の気候システムに及ぼした影響を調べました。

その結果、ロックダウンが適用され始めてから数か月後には世界全体の窒素酸化物の排出量が15%減少したことが示されました。排出量は封鎖の条件が厳しいほど大きく減少していることが実証されており、たとえば2020年2月初旬に中国で実施された封鎖措置では数週間以内に中国国内の一部都市における窒素酸化物排出量が50%減少し、アメリカ・イタリア・フランスなどでは2020年春の後半に25%減少したといいます。

また、研究グループによると、窒素酸化物の排出量減少が急速な対流圏オゾンの減少に結びついたことが明らかになったといいます。JAMSTECのスーパーコンピューター「地球シミュレーター」を用いた分析では2020年6月までに対流圏全体のオゾン総量が2%減少したと推定されており、この結果はNASAの衛星観測データとも一致するといいます。

ロックダウンにともなうオゾンの減少は通常の大気汚染を抑制する政策を続けた場合(※)と比べて15倍という急激なもので、対流圏のオゾンの減少は地表から上空へと世界中で急速に広がったといいます。研究に参加したJPLのJessica Neu氏は「地球全体のオゾンに対する影響の大きさに本当に驚いています」と語っています。なお、世界経済が回復するにつれて、窒素酸化物の排出量と対流圏のオゾン総量も再び増加すると予測されています。

※…気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書(2014年)におけるRCP2.6シナリオ(将来の気温上昇を摂氏2度以下に抑えるという目標のもとで温室効果ガスの排出量を抑制していくシナリオ)

発表によると、大気汚染の状況は気候の中長期的な変化の影響をはじめ様々な要因によって複雑に変化するため、人類の活動と大気汚染の関係は必ずしも明らかではなかったといいます。いっぽう今回の成果については、世界各地における窒素酸化物の排出量減少による効果が複雑な大気プロセスを通して複雑に重なり合い、気候システムに対して地球規模で甚大な影響を及ぼしていることを初めて詳細に実証したものとされており、大気汚染物質の削減と気候変動への適切な対応の両立を目指す今後の環境政策にとって重要な参考情報となることが期待されています。

 

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Image Credit: Shutterstock
Source: JAMSTEC / NASA/JPL
文/松村武宏

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