年輪や氷床のサンプルから得られた証拠と、古い文献に残された記録を関連付けることで、火山の噴火や太陽フレアなどが地球にもたらした影響を解明できることがあります。今回、12世紀のイングランドで観測された「暗い月食」が、北半球に一時的な寒冷化をもたらした噴火を裏付けたとする研究成果が発表されています。
■浅間山の天仁噴火が暗い月食をもたらした?
月食は太陽、地球、月が直線状に並んだときに起きるおなじみの現象です。地球の影に入った月は見えなくなるわけではなく、地球の大気で屈折した太陽光によって、画像のように赤く照らされます。ところがアングロサクソン年代記のひとつであるピーターバラ年代記によると、1110年5月5日にイングランドで観測された月食では、月が完全に見えなくなってしまったといいます。その夜は一晩中澄んでいた空に星々が輝いていたとも記されており、雲によって月が隠されたとは考えにくいようです。
Sébastien Guillet氏(ジュネーヴ大学)らの研究チームがグリーンランドと南極で採取した氷床コアおよび北米・欧州・アジアで採取した年輪を分析したところ、グリーンランドでは1108年~1113年にかけて火山の噴火にともなうとみられる硫酸塩の堆積があり、北半球における1109年の気温が通常よりも摂氏1度ほど低下していたことが明らかになりました。
研究チームはこの気温低下と硫酸塩の堆積をもたらした噴火を特定するために、古い月食の記録に着目しました。大規模な噴火によって生じた大気中のエアロゾルは太陽光をさえぎるため、月食のあいだも赤く見えるはずの月をさらに暗くするからです。1100年から1120年にかけて欧州や近東で観測された月食の様子を記録した17の文献を調べた研究チームは、先述のピーターバラ年代記に記された1110年5月の月食にたどり着きました。
研究チームでは、月を完全に隠してしまったこの月食の原因が、日本の群馬・長野県境にある浅間山で起きた天仁噴火ではないかと考えています。1108年の夏に発生した天仁噴火はここ1万年のあいだに浅間山で起きた噴火としては最大の規模とされており、群馬県の嬬恋村や長野県の御代田町にまで火砕流が到達しています。この噴火にともない大気中に放出されたエアロゾルが太陽光をさえぎったことで、1109年には北半球の気温が摂氏1度下がり、1110年5月には暗い月食をもたらしたというわけです。
ただ、今回の研究では、浅間山の天仁噴火が気温低下や暗い月食の原因だったと断定するには至らなかったようです。Michael Sigl氏(ベルン大学)は、氷床コアから火山灰を採取することができれば、その地球化学的な特徴をもとに噴火した火山を特定できるだろうとコメントしています。
Image Credit: ESA/CESAR–M.Castillo
Source: Science
文/松村武宏