20世紀フォックスのスペース・アクション映画「アド・アストラ」。地球から遠く離れた宇宙で消息を絶った父クリフォード、その影を追うように宇宙飛行士となった主人公のロイ・マクブライドは、所属する軍の上層部から「父が生きている」と告げられ、父を捜索するために宇宙へと旅立ちます。

主人公ロイをブラッド・ピット、その父クリフォードをトミー・リー・ジョーンズが演じる本作は「宇宙」が舞台の作品ということで、soraeとしても大変興味津々です。そこでsoraeでは前編・後編の二回に渡り、本作の劇中で描かれた舞台や技術のリアリティーに迫ってみようと思います!

宇宙探査の最新事情に詳しい寺薗淳也さんにお話を伺った前編に続き、後編となる今回は、宇宙で働き暮らすことが当たり前の時代を迎えている劇中世界の人類を支えるテクノロジーについて、古今東西の宇宙開発に詳しいジャーナリストの秋山文野さんにお話を伺いました。

関連:【前編】映画「アド・アストラ」で人類が活躍する舞台とは? 宇宙探査のスペシャリストに聞いてみた

秋山文野さんプロフィール

フリーランスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経て宇宙開発中心のフリーランスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。

■Q:地上からそそり立つ巨大なタワー、そのメリットは?

──映画の冒頭では、主人公ロイが「国際宇宙アンテナ」で作業に従事する様子が描かれます。3本のポストから構成されるこの構造物は「国際宇宙ステーション(ISS)」のように地球の周りを巡っているのではなく、昼間でも真っ暗な空が広がるほどの高高度めがけて地上から建設された、巨大なタワーなのです。

現在(2019年)の世界には、これほど高い建造物はありません。2019年の時点で世界一の高さを持つドバイの「ブルジュ・ハリファ」828m、サウジアラビアのジッダに建設中の「ジッダ・タワー」でも1000mほど(予定)となっていて、国際線旅客機が飛行する高度1万m前後にも届きません。

国際宇宙アンテナという存在ひとつとっても劇中の人類が高い技術を持っていることが垣間見えますが、通信衛星のようなものを打ち上げたり、宇宙ステーションにアンテナを据えたりするのではなく、あえて地上から高々とタワーを建設することには、どのようなメリットがあるのでしょうか?

秋山さん:宇宙へ伸びる超高高度の塔といえば、地上と高度約36000kmの静止軌道をつなぐ「宇宙エレベーター」の構想が思い浮かびます。鉄鋼など現在使われている素材でこれほど高高度の建造物を作ると、それ自身の重さで倒壊してしまいますが、研究が進むカーボンナノチューブ(※)などの素材があれば実現可能になります。

一方で、主人公ロイが「国際宇宙アンテナ」から見上げた空は、暗い宇宙空間がすぐ上に広がっているように見えました。成層圏の中間あたり、高度20~30kmの高さになると、空は地上から見慣れた青い空ではなく、宇宙のイメージに近い景色になります。そして高度20キロメートル付近に電波塔のような役割を持つ拠点があると、通信衛星と同じようにインターネット接続網などを実現することができます。衛星よりも高速で通信できて、人が行って保守点検することも可能です。作品世界では、カーボンナノチューブのような超高層建造物の技術を使って、通信衛星の役割を地上で果たしているのかもしれません。

──現代の超高層ビルと地球低軌道の中間に届く電波塔を建設することで、通信速度やメンテナンス面でのメリットが得られるというわけですね。人工衛星や宇宙ステーションは地球の大気による影響を受けないために高度数百km以上の軌道を巡っているわけですが、軌道上で他の衛星や宇宙船と衝突するリスクがありますし、静止軌道で衛星が故障しても修理に行けないという問題があります。カーボンナノチューブのような素材が開発され、一部の衛星の役割を電波塔などに移すことで、劇中の世界ではこうした問題が軽減されているかもしれませんね。

※カーボンナノチューブ…炭素原子が筒状に結び付いた物質。強くしなやかで軽いことから、高層建築物や航空機などの素材として利用することが期待されている。

■Q:火星まで19日! 驚きの短期間飛行はどのような変化をもたらす?

──「父が生きている」と告げた軍の命令に従い、ロイは月から火星に向かって飛び立つ宇宙船ケフェウス号に乗り込みます。驚くべきはその飛行期間で、わずか19日ほど。南極観測船「しらせ」が日本を出発し、オーストラリアを経由して昭和基地に到着するまで1か月ほど掛かることを考えると、「アド・アストラ」の世界における火星への旅は、今の私たちが南極へ向かうのとさして変わらない感覚かもしれません。

現在の人類が火星に向かおうとすれば、南極とは比べ物にならない旅路を覚悟しなければなりません。たとえば火星探査機「インサイト」の場合、2018年5月に打ち上げられてから同年11月に着陸するまで、飛行期間は200日以上に及びました。火星へ向かうために最適な時期はおおむね2年ごとに訪れますが、そのタイミングで出発してもこれだけの時間が掛かるのです。

火星までの飛行時間がいかにして10分の1に短縮されたのかについて劇中では具体的な言及はありませんが、今の人類にとって夢のような短期間飛行は、宇宙開発や探査にといてどのような変化をもたらすのでしょう?

秋山さん:地球から火星への旅があまり長期間におよぶと、宇宙飛行士が宇宙の強い放射線の影響を受けてしまうため、できれば短いほうが望ましいという事情があります。現在、米国NASAが中心となって計画している月近傍を拠点とした火星有人探査では、「イオンエンジン」という電気エネルギーを推進力にして宇宙を航行する宇宙船を使い、片道9か月で火星まで行こうとしています。

ロイが月面から火星へ向けて飛び立ったとき、現在のロケットと同じ、燃料と酸化剤を燃焼させるロケットエンジンの力を使っていたようですが、月の重力を振り切った後はすぐにエンジン部分が切り離されています。その後に宇宙船ケフェウス号のエンジンから見える青い噴射は、イオンエンジンの一種ではないでしょうか。大きな電力を使うイオンエンジンの一種で高速に宇宙を航行し、火星までの飛行期間を3か月、あるいは約40日まで短縮するという検討が現実の宇宙開発でもありました。高速である分、大きな電力を必要とするのですが、「アド・アストラ」世界では月の資源開発が進んでいます。豊富な電気エネルギーを使って、火星へ日常的に旅することを可能にした世界なのでしょう。

──飛行時間が短くなれば、放射線を浴びる時間もそれだけ短くなるというわけですね。イオンエンジンはJAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ2」をはじめ無人探査機で用いられるようになりましたが、より強力なイオンエンジンが実用化されれば、今後は他の惑星を目指す有人の宇宙船でも用いられることになりそうです。

■Q:身体だけでなく、宇宙で過ごすには心の健康も大切?

──「アド・アストラ」では、主人公ロイが心理検査を受ける描写が度々描かれます。この検査では心拍数などの生体データに加え、ロイの口述内容から心の情動をAIが分析し、任務に携われる状況にあるかどうかの判断やアドバイスを受けることになります。

高度なテクノロジーは人類が活動する範囲を広げこそしますが、宇宙からあらゆる危険を取り去れるわけではありません。危機に直面しても動揺を見せない心のタフさを軍上層部からも評価されているロイは、劇中で遭遇するさまざまな状況をその都度冷静に見極め、これに対処する様子が描かれています。

現実の世界でも、宇宙飛行士が危機に直面することがあります。月に向かう途上で酸素タンクが爆発した「アポロ13号」の例もありますし、昨年2018年10月には「ソユーズMS-10」の打ち上げ時に事故が発生し、2名の宇宙飛行士が緊急脱出するという出来事がありました。

こうした急激に展開する危険な状況のみならず、無重力状態の閉鎖空間で何か月も過ごす宇宙飛行士には、地上で暮らす私たちには想像もつかないストレスが心身に掛かるはず。普段の生活からアクシデントへの対処に至るまで、宇宙で暮らすには心の健康も重要なポイントとなるのでしょうか?

秋山さん:現実の世界でこれまで宇宙に行った宇宙飛行士はおよそ500人といわれます。その自伝や体験を語る言葉を聞くと、あらゆる危険、リスクを想定して膨大な訓練を積み重ねています。そしてそのことが、ストレスに対処する土台となっているように思われます。危機的な状態にあっても訓練を通じてできることがある、それが強さにつながります。

パニックで冷静さを失うことは避けたいものですが、まったく感情や人柄をうかがわせない冷静さが望ましいかというと、そうではないようです。ロイ自身、少年時代に父親を失うという大きなストレスを背負い、感情を見せない冷静「すぎる」人物となっています。そのことは妻イヴとの軋轢につながっていて、冷静沈着であることが心の健康を守っているとはいえないようです。現実の宇宙飛行士は、国際宇宙ステーションという閉鎖空間で長期間暮らす際にも食卓をクルー同士でかこみ、談笑しながら美味しく食べる工夫を大切にしています。コミュニケーションと食事を大切にすることが心の健康につながっています

──危機に対処するための訓練を通じて心を鍛えればそれだけでいいというわけではなく、心の健康を保つには、人と人どうしのコミュニケーションを楽しむような時間を取ることも大切だというわけですね。宇宙に暮らす人のみならず、地上に生きる私たち一般市民にも同じことが言えるのではないかと、改めて思い至りました。

■Q:なぜ人類は宇宙を目指すのか?

──主人公ロイの父クリフォードは、旅立ちから16年後、地球から43億キロ離れた海王星付近で消息を絶ちました。劇中の人類は火星に都市を築くほどにまで宇宙に進出していますが、クリフォードが到達した場所は誰の助けも得られない、孤独な宇宙の彼方です。

作品タイトルの「アド・アストラ(Ad Astra)」とは、日本語で「星の彼方へ」を意味するラテン語のフレーズです。月に足跡を残し、火星を開拓するに至った劇中の人類は、存在するかもわからない新大陸を目指して旅立った大航海時代の船乗りのように、人跡未踏の深宇宙を目指しています。

現実世界の人類も、再び月を目指し、その先にある火星の有人探査を目指しています。人類は地球で進化し、生身では別の天体で暮らすことなどできないのに、それでも“星の彼方”を目指すのはなぜなのか。前編で寺薗さんにも伺いましたが、秋山さんはどのように考えていらっしゃいますか?

秋山さん:日本の小惑星探査機「はやぶさ2」計画は、地球の生命誕生につながった水や有機物などの材料が小惑星に存在するのではないか、ということを調べるために行われています。木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドゥスに水の存在を求める探査計画もあり、液体の水や有機物などは宇宙に広く普遍的に存在するとも考えられています。原始の地球に宇宙から水や有機物がもたらされ、そこから生命が生まれたのであれば、人類は星くずからできているといえるわけです。
「私たちはどこからやってきたのか」を問うとき、その答は宇宙にあり、“星の彼方”を目指すことは必然ではないでしょうか

──宇宙とつながっている地球の生命、そのひとつとして誕生した人類がどこからやってきたのかを探ろうとすれば、その道筋は自然と宇宙に向かうというわけですね……本作のタイトルに込められた思いの一端が垣間見えたように思います。ありがとうございました!

■リアルな宇宙探査、その先の時代へと進んだ人類が手にしたテクノロジー

20世紀、地球の重力を振り切る術を手に入れた人類は、アポロ計画で到達した月をステップに、火星の有人探査を目指して今も挑戦を続けています。「アド・アストラ」は、主人公ロイを通して、星の世界を目指し続ける人類を支える未来のテクノロジーが描き出されています。

父を追い、星の彼方を目指して旅立ったロイは、43億キロメートルの彼方で何を見ることになるのか。「アド・アストラ」は2019年12月18日からデジタル版が先行配信中。ブルーレイ&DVDは2020年1月8日発売です。

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