Proton-M launches Yamal-401 comsat
Image credit: Roskosmos
 インターナショナル・ローンチ・サーヴィシズ(ILS)社は12月15日、通信衛星ヤマール401を搭載したプロトンM/ブリーズMロケットの打ち上げに成功した。今回でプロトン・ロケットは400機目の打ち上げとなった。
 ロケットは現地時間2014年12月15日6時16分(日本時間2014年12月15日9時16分)、カザフスタン共和国にあるバイコヌール宇宙基地の81/24発射台から離昇した。ロケットは順調に飛行し、約9時間1分後に、衛星をほぼ静止軌道に近い軌道へ直接送り込んだ。
 ヤマール401はロシアのガスプローム・カスミーチェスキイェ・システームィ社が運用する通信衛星で、ISSレシェトニェーフ社によって製造された。搭載機器の開発は、フランスのタレス・アレーニア・スペース社が手がけている。衛星には36基のKuバンド・トランスポンダーと、17基のCバンド・トランスポンダーが搭載されており、東経90度の静止軌道から、ロシアやCIS諸国に通信サーヴィスを提供する。打ち上げ時の質量は2,976kgで、設計寿命は15年が予定されている。
 今回でプロトン・ロケットの打ち上げは、その全シリーズを通じて400機目となった。
 プロトンは1962年に開発が始まった。開発を指揮したのはヴラジーミル・ニコラーエヴィチ・チェローメイという人物だ。チェロメーイは1914年、帝政ロシアのシェドルツェ(現在のポーランドにあたる)で生まれ、1984年に亡くなっている。元は数学者だったが、その後設計者に転身し、第52設計局(OKB-52)で辣腕を振るう。巡航ミサイル、弾道ミサイル、宇宙開発の分野で活躍し、50年代から60年年代のソヴィエトの宇宙開発を率いていた、セルゲーイ・コロリョーフの最大のライヴァルとして君臨した。
 プロトンは当初2段式のロケットで、100メガトン級核弾頭を米国に撃ち込む大陸間弾道ミサイル(ICBM)としても使うことを目的としていたが、ICBM案は1965年に中止され、宇宙ロケットとして使用されることになった。そして1965年7月16日、初の打ち上げで科学衛星プロトン1を軌道に投入することに成功する。出自が出自だけに、プロトン1の質量は12.2tもある大型の衛星だった。
 また1964年には、主に軍用宇宙ステーションや有人の月ミッション用として、3段式版のプロトン開発も始まっており、またさらに4段式も、さらにはプロトン自身も改良型のプロトンKが造られた。そして1967年3月10日に4段式版のプロトンK/ブロークDが打ち上げられた。そして各種人工衛星の他、ソヴィエトの月探査機ゾーントやルナー、火星探査機マールスといった、月・惑星探査機の打ち上げでも活躍した。またこの4段目は、ブロークDMやDM-2やDM3、そしてブリーズMといった具合に進化を続ける。
 一方、3段式版プロトンKは1968年11月16日に初打ち上げが行われ、主にサリュートやミール、国際宇宙ステーションのモジュールの打ち上げで活躍した。
 2001年4月7日には、第1段エンジンと第3段エンジンを改良したプロトンMが登場し、ブロークDM-2、DM-03、そしてブリーズMを第4段に使用し、現在も活躍中だ。また90年代中ごろからは、米ロの企業が共同で立ち上げたILS社による商業打ち上げサーヴィスも始まり、かつて米国に核弾頭を撃ち込むために造られたロケットが、米国の通信衛星を打ち上げるといったことも始まった。
 だが、近年では打ち上げ失敗が増えており、ある関係者は「もはやプロトンに信頼性はないようなものだ」というほどの有様だ。プロトンは強大な打ち上げ能力を持ち、それに匹敵するライヴァルは欧州のアリアン5ぐらいしかないことから、大型の静止衛星の打ち上げなどでは高い需要を持っていたが、しかし商業打ち上げの受注は減少しつつあるのが実情だ。
 一方、プロトンMを製造しているフルーニチェフ社では、プロトンMを含めた、ロシアのいくつかのロケットを代替することを目指したアンガラの開発が進んでおり、これがうまくいけば、2020年ごろにプロトンは引退する見通しだ。
■ILS Proton | Yamal-401 | Success | International Launch Services
http://www.ilslaunch.com/newsroom/news-releases/ils-proton-successfully-launches-yamal-401-satellite-marking-400th-proton-mis

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