NASA有人宇宙開発を支えた技術者フォン・プットカマー氏死去

Jesco von Puttkamer and Saturn V model
Image credit: NASA
 12月27日、NASAで活躍した航空宇宙技術者のイェスコ・フォン・プットカマー氏が亡くなった。79歳だった。
 フォン・プットカマー氏は1933年9月22日、スイスのライプツィヒで生まれた。第二次世界大戦後、ドイツのアーヘン工科大学で機械工学を専攻する。
 1962年、彼はある人物からの招待を受け、アメリカへ飛びNASAに就職する。その人物とはウェルナー・フォン・ブラウン、近代ロケットの父と称される天才ロケット科学者だ。彼が辣腕を振るっていたNASAマーシャル宇宙飛行センターで、フォン・プットカマーはアポロ計画に従事し、1969年の人類初の月面着陸を成功に導く。
 その後、アポロ計画の延長として始められたアメリカ初の宇宙ステーション・スカイラブ計画にも参加。スカイラブは打ち上げ時に破損し、まともに運用できない状態であったが、その修繕計画にも彼は関与した。さらに彼はスカイラブの予備機が処分されそうになった際、スミソニアンの国立航空宇宙博物館で展示できるよう働きかけ、実現。彼はスカイラブを二度も救う事になった。
 1974年にはワシントンにあるNASA本部に異動し、主に有人宇宙計画を取りまとめる立場となる。彼は宇宙開発におけるアメリカとロシアの協力が円滑に進むよう尽力し、また映画スター・トレック(Star Trek: The Motion Picture)にアドバイザーとして参加するなど啓蒙・普及活動にも熱心に取り組み、技術以外の面でも多大な貢献を果たした。
 もっとも公に知られた彼の活動といえば、”ISS On-Orbit Status Report”の執筆であろう。国際宇宙ステーション(ISS)で起きたほとんどすべての出来事が記されたこのリポートは、彼が亡くなるまで10年以上に渡って書き続けられた。現在このページは”Due to technical reasons the report is currently not available but will resume ASAP.”と記され、休止状態になっている。
 また宇宙飛行に関する本も数多く執筆、さらに昨年亡くなったロシアの宇宙技術者ボリス・チェルトク氏が手掛けたソビエト宇宙開発史に関する第一級の書籍”Ракеты и люди”(ロケットと人々)の英訳版制作にも尽力した。
 彼の死を受けて、NASAの有人宇宙計画を率いるウィリアム・ゲスティンマイヤー氏はこう述べている。
 「NASAの有人宇宙計画のほぼすべては、彼の生涯と共にありました。彼は、フォン・ブラウンの時代から国際宇宙ステーションを打ち上げ、運用し続けている今日までの、生き証人でした。私たちは、人類未踏の地を探検するNASAの活動にとっての、素晴らしい主唱者を失いました」。
写真=NASA
■NASA – Jesco von Puttkamer: 1933-2012
http://www.nasa.gov/topics/people/features/von_puttkamer_obit.html

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