遠くを見れば過去がわかる。「すばる望遠鏡」が130億光年彼方の巨大ブラックホールを大量に発見

愛媛大学の松岡良樹氏が率いる国際研究チームは、国立天文台ハワイ観測所の「すばる望遠鏡」における最新鋭の観測装置「超広視野主焦点カメラ(HSC)」を使った観測で、地球からおよそ130億光年離れた遠い宇宙に83個という大量の「巨大ブラックホール」を新たに発見しました。

下の画像で拡大された正方形の範囲の中央、矢印が指し示す赤い点のような天体は、今回すばる望遠鏡が捉えたなかでも一番遠い、130.5億光年先にある巨大ブラックホールです。これまで見つかった最も遠い巨大ブラックホールまでの距離は131.1億光年で、その次は130.5億光年ですから、この発見は2位タイの記録ということになります。

画像を拡大しても見落としてしまいそうなほど小さな点として捉えられた巨大ブラックホールですが、宇宙初期の歴史を理解する上での大きなヒントとなりました。

そもそも、これほどまでに遠い宇宙の観測に挑戦するのはなぜなのでしょうか。それは、遠くにある天体ほど過去の姿を見せているという、広大な宇宙ならではの理由があるからです。

地球上では一瞬で届くように感じるも、実際には秒速およそ30万kmという限られた速度でしか動けません。天文学で用いられる「光年」という単位は、光が1年間に移動する距離をもとに定められています。

そのため、100光年離れた天体から届いた光は、今から100年前にその天体から放たれた光ということになります。その天体の今この瞬間の姿はわかりませんが、代わりに過去の姿を観測できる、というわけです。

この制約でもあり利点でもある光の性質を利用すると、今からおよそ138億年前に始まったとされる宇宙の過去の様子さえも知ることができます。100億年前の宇宙について知りたければ、100億光年先の天体を観測すればいいからです。

今回の研究では、初期の宇宙における巨大ブラックホールが捜索されました。現在の宇宙では、太陽の100万倍から100億倍という途方もない質量を持った巨大ブラックホールが数多くの銀河の中心に存在していますが、ビッグバンにほど近い初期の宇宙では、現在はあまり見られない「超巨大」なブラックホールしか見つかっていませんでした。それよりも小さく、現在は普遍的な「巨大」ブラックホールは初期の宇宙に存在しなかったのか、それともその頃から同じように存在していたのかは、わかっていなかったのです。

そこで研究チームは、すばる望遠鏡の「超広視野主焦点カメラ」300夜に渡って観測した膨大な数の天体から、巨大ブラックホールの存在を示す「クエーサー」という天体に注目しました。

クエーサーとは、周囲の物質を貪欲に飲み込むことで強烈な光を放つ、活発な巨大ブラックホールのことを指します。ブラックホール自身は光を放ちませんが、その周囲を飲み込まれそうになりつつ高速で回転するガスや塵が非常に強いエネルギーを放つことで、巨大ブラックホールが収まっている銀河全体よりも明るく輝いて見えるのです。

その結果、宇宙の誕生から10億年も経たない約130億光年という遠方に、これまで見つかっていなかった83個のクエーサーを新たに発見するとともに、過去に報告例のあった17個のクエーサーを再発見することに成功したのです。

下の画像は「超広視野主焦点カメラ」が捉えた合計100個のクエーサーを並べたものです。上から7段目までが新発見のクエーサーで、下の2段が再発見されたクエーサーとなります。

各マスの中央に見える赤い点がクエーサー、すなわち巨大ブラックホールです。クエーサーが赤く見えるのは、宇宙の膨張によって地球から遠い天体ほど赤く見える「ドップラー効果」の影響を強く受けているためです。

この研究結果から、初期の宇宙で起きた「宇宙の再電離」という重要な出来事に関する知見が得られました。

初期の宇宙における主な元素の「水素」は、「陽子(水素イオン)」「電子」電離して(分かれて)存在していましたが、宇宙が膨張して冷えるにつれて陽子が電子をキャッチして、一旦は水素原子になりました。しかしその後、何らかのエネルギーによって水素が再び電離して、今もその状態が続いています。この「水素原子が再び電離した」出来事を宇宙の再電離と呼ぶのです。

再電離の原因は幾つか予想されていますが、有力な仮説に「まだ観測されていない大量のクエーサー」が放つエネルギーを原因とするものがありました。しかし、今回のすばる望遠鏡による観測で130億年前に存在したクエーサーの密度が判明し、当時存在していたクエーサーだけでは宇宙全体を電離させられるほどのエネルギーは生み出せないことがわかりました。これにより、再電離のエネルギー源は当時誕生しつつあった多数の銀河ではないかと推測されています。

太陽系の歴史を探るべく「リュウグウ」からの試料回収に挑む「はやぶさ2」に、宇宙の過去を見通すべく超遠方の巨大ブラックホールを見つけ出したすばる望遠鏡。謎に満ちた宇宙の歴史に、われわれ人類はどこまで迫れるのでしょうか。

 

Image credit: 国立天文台
https://subarutelescope.org/Pressrelease/2019/03/13/j_index.html
文/松村武宏